朝の通勤時、少し早くに駅についたので駅前でぼーっとしながら人々を眺めていました。みんな必死になって駅に向かって歩いています。そんな光景を見ながら「あぁこれって"人間観察"してるってことだなぁ」と思いました。
たまに「趣味は人間観察ですっ☆」という人がいますが、この言葉がどうも気持ち悪く感じていました。この不快感はなんだろうと、昔から思っていたのですが、今自分が人間観察をしていて、その理由がなんとなくわかりました。今回はその理由について書いてみたいと思います。
「趣味が人間観察ですっ☆」という人に感じる不快感の原因とは?
- なんか上から目線
- 時間的・精神的余裕があるアピール
- 人間が大好きアピール
1.なんか上から目線
「人間」を「観察」するってどういうことでしょう。観察している自分も人間のくせに、「人間を観察」するというのです。何様のつもりなのでしょう。観察ってのは、なんか上から眺めているようなニュアンスがあります。若干ひいたところから、あなたたちを眺めていますよ、という感じ。
2.時間的・精神的余裕がある自分
「観察」というのは、時間的・精神的な余裕がないと出来ません。一生懸命に何かをやっているときは、観察なんてしている余裕はありません。なので「趣味が人間観察」ということは、時間的・精神的余裕があることを遠まわしにアピールしているニュアンスがあります。みんなが忙しくしているけれども、私はそんなに忙しくありません。みんな、なんでそんなに忙しくしているのかしら、フフフ…というような心の声が聞こえてくるようです。
3.人間が大好きアピール
ここまで見るとかなり感じが悪いのですが、さらに不快なのが「人間観察をするくらい、人間=人に興味があるんですっ☆人間が大好きなんです」というアピールも含まれているところ。人が好き、という言葉によって、ものすごく好感度をあげようとしている意図を感じられます。
まとめ
人間を観察するという上から目線な感じ、そして観察するくらいのゆとり感、さらに人間が大好きという社会性全開のアピール。。。うーん、友達になりたくないなぁwww(人間観察が趣味のかた、ごめんなさい)